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 17:00、高原なんでも事務所内
「所長、17時なんで今日は帰っても大丈夫ですか?」
 事務所内で接客と雑用を担当するアルバイトの九条アサコは
パソコンの電源を落とし帰り支度をしながら聞いてきた。
 いつもなら愚痴一つ溢さず全員帰るまで残業をするのに珍しいな……と思っていたら
部屋の奥でパソコンに向かっている早川ケイが言った。
「アサコちゃんは今日定時で帰るって言ったの忘れたの?」
 システム担当の副所長・ケイは俺に唯一対等に意見出来る人間だ。
「あぁ、今日実家で家族の誕生日祝うって言ってたっけ?」
 俺が思い出してそう言うとアサコは可愛らしい笑顔を見せて答えた。
「そうですよ。所長、忘れたんですか?」
 バツが悪くなり俺は笑顔でアサコに向き直った。
「忘れてないよ。今日がその日だったのを忘れてただけで……」
「それを忘れてたって言うんですよぉ~。まだボケるのは早いですよ」
 俺の冗談を笑いながらあしらいアサコは上着を着て扉を開けた。
「じゃあまた明日……」
「アサコちゃん、お疲れ様」
 俺とケイが声をかけるとアサコは扉の前で一礼した。
「はい、お疲れ様です」
 アサコは笑顔でそう言って部屋から出た。
 それからしばらく煙草を吸いながら外の景色を眺めていたらケイが思い出したように声をかけてきた。
「シン、今日中にトオルさん帰ってくるの?」
 トオルとは非常勤で雇っている調査、実戦担当の根岸トオルの事だ。
 そういえばさっきメールが来ていたというのを思い出して内容を改めて確認する。
「多分そろそろ帰ってくるんじゃないか?
アイツの調査報告聞かないと俺動けねぇんだよなぁ~……」
 そう愚痴るとケイは軽く溜め息を吐いて席を立ち俺の机に書類を置いた。
「シンもたまには調査出たら?」
「俺が居ない時に依頼来たら誰も対応出来ねぇだろ?」
 冷やかに見つめるケイを笑いながらあしらい出された書類に目を通す。
「でも、非常勤のトオルさんだけじゃそろそろ回らなくなる……」
 全員の進捗状況を把握しているケイの不安はあながち間違っていない。
 しかし実際新人を入れるにしても『ここで行っている仕事』を理解し尚且つ『何らかの能力者』でないと意味が無いのだ。
 ケイはそこまでわかっていて、しかし具体的な対応策が浮かばないから不安しか口に出来ないのだ。
「まぁ……、ケイは心配しなくていい」
 実際俺も具体的な対応策なんてものを持ち合わせていない。
 しかし年下の従兄弟でもあるケイを思い煩わせるのも辛いので口だけは強がってみせた。
 それを聞いてケイは再び溜め息を吐くと自分の帰り支度を始める。
――トゥルルルル
 急に電話が鳴った。
 いつもなら1コールでアサコが電話を取るのだが、そのアサコが不在の時は自分が出るようにしている。
――トゥルルルル、ガチャ
「こちら高原なんでも事務所……」
 そう言うと受話器から変な雑音の入った音が聞こえ違和感をおぼえた。
『もしもし!九条アサコという人を出してください!!』
 若い男の声だ。
 しかしいきなりアルバイトのアサコの名を出してきた事を不審に思い聞き返す。
「お前の名前は……?」
 やけに慌てた様子で話すので俺は念のためケイを呼び電話の逆探知を頼んだ。
『俺は一週間前に九条さんにそっちの名刺を渡されたS大の田中コウです!!早く彼女を……』
 向こうがそこまで言ったところで急に受話器からガチャンと大きな音が聞こえ、あまりの煩さに思わず受話器から耳を離した。
 そして再び耳を受話器にあてると 言葉までは聞こえなかったが奇妙な声が聞こえ電話が切れた。
 2、3回リダイアルボタンを押すが圏外を伝えるアナウンスしか流れない。
「ケイっ!?」
 名前を呼び逆探知出来たか確認するが、あまりに短い通話時間だったので当然成功しているはずもなくケイは首を横に振る。
「シン、携帯会社何処だった?」
「S社だ。田中コウ、S大の大学生。恐らくアサコの言ってたヤツだ」
 俺はケイに情報を伝え、傍に置いていた黒のトレンチコートを羽織る。
 そして改めてアサコが一週間前、久しぶりに能力者を見つけたと言っていたのを思い出す。
 これはアサコが考えた客引き方法で、一階喫茶店に来た客で黒猫の話をしていた者にここの名刺を渡すというものだ。
 喫茶店内部にも夫妻の飼っていた黒猫のクロの写真があるが、
実際見てみると注意深く探さないと見つからないような場所に展示してある。
 それに対してクロ自身は未だに自分が死んだ事に気が付いていないからか 平気で店内をうろついている。
 確かにそういったものが見える人間が俺達の商売相手ではあるが 意外と収穫は多くないのが現状だ。
 それなのにアサコは一週間前『凄い子がいた。多分大学にいるアイツが見えてる子だ。』としきりに話していたのだ。
「ケイ、俺はS大に行く。場所が特定出来たら知らせてくれ」
「わかった」
 俺は切羽詰まった電話向こうの相手を思い、走って階段を駆け降りた。