第一話 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16


 十数段の階段を上ると簡素な扉があったがドアノブを捻るとあっさり開いた。
 廊下の蛍光灯は点いていたが何故か薄暗く感じた。
 少し歩くと『高原なんでも事務所』と書かれた扉があった。
――コンッ、コンッ
 ノックをしたが反応が無い。
――コンッ、コンッ
 もう一度ノックしたが、やはり反応は無かった。
(一階にいたおばさんが居るって言ってたし……)
 そう思い何気なくドアノブを捻ったらあっさりと開いてしまった。
「すいませ~ん……高原さん……?」
 一応声を掛けつつ中に入る。
 やはり明かりは点いていないが、人の気配を感じた。
 応接室らしき場所を通り過ぎ、先にある薄く開いた扉を開ける。
「あっ……」
 大きい窓の前、会社とかによくありそうな机があり真ん中に灰皿が置かれている。
 その側で煙草を片手に深く椅子に座っている高原さんが居たが、窓の外を眺める横顔に言葉が出なかった。
 美しいと言えばそれまでなんだが、哀愁というか切ない感情が込み上げてくる。
 少なくとも今まで見た人ならざる者とは比べ物にならない位、今の彼は『儚かった』。
 確かに存在しているはずなのに何かきっかけがあれば消えてしまうのではないかという気さえしてくる。
「あれ? さっきの?」
 呆然と突っ立っていた俺に高原さんが気付いたのか声を掛けてきた。
「すみません。声掛けたんですけど……」
 そう言って頭を下げると彼は笑顔を見せた。
「別にいいけど……どうしたんだ? また何かあったのか?」
「いえ……高原さんは幽霊とかの類いのモノに詳しいかと思って……お訊きしたい事があるというか……」
 俺が慌ててそう言うと、彼は煙草の煙を吐いて先を促した。
「俺、今日誕生日で・・・19歳になったんです。
昔TVで霊能力者が言ってたんですが『20歳になれば幽霊が見えなくなる』っていうのは本当なんでしょうか?」
 俺が何とか言葉にすると彼は真面目な表情でこう言った。
「はっきり言うと君の能力はそんな希薄なもんじゃない」
 俺が驚いて聞き返そうとする前に彼は言葉を続けた。
「普通より少し霊感のある子供とかは大人に近付くにつれ理性や常識、固定観念なども相まって
見方を忘れていったり能力も自然に消えちまう……だけど君の能力はそんなもんじゃない」
「えっ……と、じゃあ……」
「君の能力は一生もの。無くなる事はまず無い」
 彼は優しさ故にはっきり断言してくれたんだろうが……優しさと現実っていうのは何て残酷なんだろうと今身を以て痛感した。
「そう……ですか」
 何とか言葉を発したが、彼には俺の落胆ぶりが哀れに思えたのか不思議な提案をしてきた。
「もし君が、その能力のせいで困ってるなら……うちで働かないか?」
「えっ?」
「学生だろうから空いた時間だけでいいんだが……ここなら君の身を守る事も出来るし、
何かの時の対処法も教えられる。それにこっちも人手が足りないから君みたいな理解者が来てくれると助かるんだが……」
 まさかの願ってもない提案だった。
 断る理由なんて一つも浮かばない位に。
「俺で……いいんですか……?」
 思わず聞き返すと彼は柔らかな笑顔で頷いた。