第一話 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16


 入学式なんてのは高校も大学もさして変わらない。
 お偉いさんの挨拶やサークル紹介、教室での授業説明など……あくびを噛み殺しながら何とか乗り切った。
 全てが終わって解放されたと思いながら今井との待ち合わせ場所である食堂近くの喫煙所に向かう廊下の途中。
 ――ばったり遭遇した。
 同じ新入生ならどれだけ良かっただろうと思った。
 あまりの存在感に思わず息が止まる。
『貴方見えるの?』
 目の前のそれはそう言った。
 もう目を合わせてしまったから意味が無いのに『返事をしたらまずい』と本能的に感じた。
 動かない俺に業を煮やしたのか……それがゆっくりとこっちに向かってきた。
 そしてそれはそっと俺の顔に手を伸ばす。
「コウっ!」
 その瞬間、俺の名を呼ぶ声がしてそれは動きを止める。
 そしてそのまま消えた。
 同時に止まっていた時間が再び動き出す。
 一瞬の出来事だった。
 数メートル先には今井がいて不思議そうな顔をしながら近付いてきた。
「どうした? 何かあったのか?」
「いや……、何でもない」
 普段見るやつとは比較出来ないような存在感だったのに 一般人には見えていない事を今井の一言で実感する。
「そうか? の割には顔色悪いぞ」
 見えていなくても俺を気遣ってくれる今井の存在に心の中で少し感謝し、再び歩き出す。
「気にすんな。何でもねぇから。……そういえばお前これからどっか行くの?」
 俺が歩きながら今井にきくと今井は俺の少し前に体を乗り出して笑顔を見せた。
「そうっ! さっき兄貴の友達に会って話してたら良い事教えてくれたんだよっ!」
 今井は兄貴の友人とも仲が良いからか交遊関係が広い。
 ただ若干素行の悪い友人がいるのを知っているせいか『良い事』と聞いても素直に期待出来ないでいた。
「……良い事?」
 俺があからさまに嫌な顔をして聞き返すと今井は得意気な表情を見せながら言った。
「疑ってんだろ? じゃあ今から行こうぜ」
「何処に?」
 あまりに唐突な今井の提案に驚いて聞き返す。
「お前の家の近くに喫茶店があるだろ? どうやらそこに最近可愛い子が出入りしてるらしいんだよ。
兄貴の友達は彼女と行ったみたいだけど、その彼女も可愛いって言ってたみたいだぜ」
 今井があまりに興奮気味に捲し立てるのが無性に可笑しくて、俺はさっきの嫌な出来事を忘れる為にも提案にのる事にした。
「じゃあ可愛い子がいなかったらコーヒーおごれよ」
「そうこなくっちゃ!」
 俺の返事に気を良くした今井はそう言って手を叩くと軽い足取りで道案内を始めた。