第一話 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16


――バタンッ!
 扉の閉まる音で目が覚めた。
 辺りが暗い。
 携帯で時間を確かめると既に4限の講義も終了して30分位経っている。
(あぁ……やっちまった)
 心の中で呟き舌打ちをする。
(仕方ない。帰ろう)
 そう思って席を立ち、食堂出口の扉に手をかける。
――ガタンッ!
 扉が開かない。
 引き戸と押し戸を間違えたのか……そう思い手元を確認するが、間違いない。
 鍵も開いている。
 何回かドアノブを掴み扉を開けようとするが鍵がかかっているような感触しかしない。
 嫌な予感がして慌てて振り返る。
 やけに木々の音が響いた。
 食堂には誰もいない。
 その事実を知り背中に一筋大粒の汗が流れた気がした。
(早くココから出なきゃ……!)
 そう思い扉に向き直る。
 何度扉を揺らしても開かない。
『ねぇ』
 声が聞こえた。
 細く小さい、少女とも大人の女性とも言い難い声だ。
 前にも聞いたあの声。
 背中からあの存在感が伝わり動きが止まる。
(殺される)
 そう直感的に感じ再び扉を揺する。
『聞こえてるんでしょ?』
(開いてくれ開いてくれ開いてくれ開いてくれ開いてくれ!!)
『ねぇ……私が見えるんでしょう?』
(開いてくれ開いてくれ開いてくれ開いてくれ開いてくれ!!)
――ガタンッ!
 願いが届いたのか扉が勢い良く開く。
 俺は震える足を必死に前に動かした。
 食堂の扉から校舎出口の扉は50メートルも無い。
 俺は慌てて出口の扉に手をかけた。
――ガタンッ!
 しかし、また先程同様鍵が開いているのに扉が開かない。
『ねぇ、無視しないでよ』
 声が近付いてくる。
「あぁー……クソッ!!」
 俺は目の前の扉から出るのを諦め、100メートル程先のロッカールームへ走り出した。
 ロッカールームには通用口がある。
 この校舎から出れば助かると思った。
 しかし、向こうも今回は逃がすつもりがないのか……ロッカールームに入った瞬間出口を塞ぐようにヤツが立っていた。
『鬼ごっこのつもり?』
 再び背筋が凍りつくような感覚がした。
 俺は恐怖でイカれそうな頭で必死に考え後ろの階段を駆け上がった。
 この一階と二階は一部が吹き抜けになっている。
 階段を駆け上がり喫煙所の前を通り抜け食堂の二階にあたる扉に手をかけた。
『ねぇ、遊びに付き合う気はないの』
 ヤツはガラスで出来た扉越しに冷酷な笑みを浮かべた。
 身体中の血の気が引いた気がした。
(距離を、距離をとらなきゃ!!)
 瞬間移動するようなヤツ相手に距離をとるのは無謀だと思ったが、今の俺はそうするしかないと感じた。
 俺は再び階段に引き返し更に階段を駆け上がった。
 三階に着き教室の前の廊下を走る。
 するとホールのような拓けた場所に辿り着いた。
 そこには5台程デスクトップパソコンが並んでいた。
(ヤツの気配はしないけど……)
 気配が感じられないのが更に不安を掻き立てた。
 俺はきれた息を整える為にパソコンの置いてあるデスクの影にしゃがむ。
 もしかしたら外からなら扉が開くのかもしれないと思い今井に電話をかけようとした。
 すると携帯を上着のポケットから出した瞬間一枚のカードが出てきた。
 『高原なんでも事務所』カードにはそう書かれていた。
 一週間前に喫茶店でもらった名刺だ。
『あの大学にも多分イるから気を付けてね』
『もしタチの悪いタイプに遭遇したらソコにいつでもかけてきて』
 名刺をくれた女性の言葉を思い出す。
 恐らく彼女がイると言ったのは今俺を追いかけているヤツの事だ。
 だとすれば彼女なら何か知っているのかもしれない。
 俺はそう思い名刺に書いてある番号に電話をかけた。
――トゥルルルル
 コール音がとても長く感じる。
――トゥルルルル
(頼む!!早く出てくれ!!)
――ガチャ
『こちら高原なんでも事務所』
 若い男の声だ。
「もしもし!九条アサコという人を出してください!!」
 俺は早口でそう捲し立てる。
『お前の名前は……?』
 男は怪訝そうな声で聞き返してきた。
「俺は一週間前に九条さんにそっちの名刺を渡されたS大の田中コウです!!早く彼女を……」
 俺の言葉はそこで途切れ携帯は俺の手から遥か何メートル先に吹っ飛んだ。
 携帯の方に視線を向けるとそこにはヤツが立っていた。
『見ぃつけた』
 そう言ってヤツは再び俺に笑いかけた。