第一話 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16


 今井が案内してくれた喫茶店は俺の家から10分程度歩いた位の場所にあった。
 しかし駅からは遠いからか周りは住宅やオフィスばかりなのに、この喫茶店だけは客も2~3人と少なく
周囲の慌ただしい環境から外れているようにも感じた。
 入り口には小さな黒板のような素材の立て看板があり『オススメ』という字の下にはケーキセットの写真が貼られていた。
「なぁ、今更だけど……ココに男2人で入るのか?」
 あまりに一般的にデート向きと言われそうな喫茶店の外観に気後れした俺はガラス張りの窓から店内を覗く今井に問いかける。
「当たり前だろ。ここは大学の奴等もあまり来ないし客少ないみたいだからチャンスだぞ」
 質問した俺の心境が伝わらなかったらしく、今井はそう応えると俺の上着の裾を引っ張って喫茶店の扉を開け中に入った。
 扉が開いた瞬間小さな鈴の音が聞こえ、店の奥から人の良さそうな中年の女性が姿を現す。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
 女性に問われ今井が応えると店の奥側にあるテーブル席に案内された。
 店内はカウンター席が5つとテーブル席が3つあり、入り口同様簡素だが綺麗な内装になっていた。
「コウは決まった?」
 席についてメニューを一通り見た今井がきいてきた。
「じゃあアイスのカフェモカで」
 そう応えると今井は先程の中年女性を呼び止める。
 すると今井が注文している後ろ側の、窓際のカウンター席の床の辺りに黒い何かがあるのに気付く。
 目を細めて見直すとその黒い何かが猫だとわかった。
 飲食店なのに猫がいるのに何か違和感を感じ、今井の注文を聞き終わった女性に問いかける。
「あの……気のせいだったらすみませんが……猫はお店で飼われてるんですか?」
 その質問を受け女性が一瞬だけ驚いた顔を見せたが、それもすぐ笑顔に戻り応えてくれた。
「あぁ……ここをオープンさせる3年前までは飼ってたんですよ。クロって名前の雑種の黒猫なんですけどね」
「へぇ……今は別の場所で?」
 女性に聞き返すと今度は少し寂しそうな表情を見せた。
「それがオープンの準備中に死んでしまって…… あの子がどうしても忘れられなくてねぇ……」
「すみません……」
 俺が申し訳無さそうに頭を下げると女性は首を2、3度横に振り再び笑顔を見せた。
「あぁ、気にしないで下さい。 もし良かったら店内に何点かクロの写真があるから見ていって下さいね」
 そう言って女性は頭を下げると足早にカウンターにいる店主の元に去っていった。
 おそらく女性の旦那であろう店主は穏やかに笑いながら話す女性から話を聞いたのか、俺と目が合った時に笑顔で頭を下げた。
「コウ、猫の写真なんていつ気が付いたの?」
 先程の会話を聞いて今井は俺が黒猫の写真に気付いたと思ったらしく不思議そうな顔をしてきいてきた。
 俺は日向ぼっこをしている黒猫を見ながら笑顔で応えた。
「まぁ、俺猫好きだからな」
 チラチラと店主や女性の姿を見ている猫を見て俺は少し穏やかな気分になった。