目的の階に到着し、エレベーターの扉が開いても斜め後ろにいる女性が気掛かりで動けずにいた。
しかし、女性は俺の横を通り過ぎ、そのまま歩いて行ってしまう。
そこで、やっと一つため息をついて、エレベーターから降りた。
目の前には先程エレベーターの中から見た光景と同じ、普通のマンションの廊下だった。
「……大丈夫か?」
エレベーターから降りて一歩も動かずにいる俺に近くにいた高原さんが寄ってきて声を掛ける。
「はい、特に問題は無かったんですが……あの女の人の空気に圧倒されちゃって……」
そう控えめに返事をすると、高原さんは納得したような表情をして頷いた。
「あれでビビってるとこの先心臓保たないぞ」
そう言って笑った高原さんは少し子供っぽく見えた。
「さて、行くか」
高原さんの言葉に頷いて廊下をまっすぐ歩く。
一見普通の光景なんだが、俺には少し薄気味悪く感じた。
たまに通り過ぎる扉の奥から、気のせいでなければ叫び声が微かに聞こえてくるのだ。
しかもエレベーターを降りてから結構な距離を歩いているはずだが、何故か行き止まりが見えない。
「高原さん……何かおかしくないですか?」
不安になって前を歩く高原さんに声を掛けた。
すると、高原さんは急に立ち止まり、ちょうど右側にある扉の方を向く。
「もうとっくにおかしい場所にいるんだ。何があってもおかしくはない」
そう言って扉のドアノブに手を掛けて、そのまま扉を開いた。
その突然の行動に驚いていると、高原さんは扉の先を指さした。
なんと本来ならば人が住むような部屋があるはずの場所には、下に降りる階段があった。
しかもコンクリート壁がむき出しになっており、床は金網状になっているが下が暗くて見えない。
更に階段自体も非常階段のような金属でところどころ錆びている。
「一発成功か……どうやら勘は鈍ってないな」
得意気に言う高原さんはそういった違和感のある光景は気にせず、そのまま進んでいってしまう。
実際に階段を降りると、今度は目の前に工場のような光景が広がっていた。
その突然の変化に驚いていると、高原さんは煙草に火をつける。
「うわぁー……まためんどくさそうだな」
そう言った高原さんの表情は心底憂鬱そうだった。
俺は苦笑いするが、遠くの方から視線を感じて、慌てて振り向く。
「誰だ?お前」
高原さんは表情を変えず、視線の相手にそう訊くと、視線の相手は一瞬で目の前に現れた。
目の前に現れたのは、色素が薄い小学生くらいの少年だった。
『何しに来たの?』
少年が尋ねてきた。
「3日前ここに来た人間を取り戻しに来た」
高原さんは答えた。
『あぁ、多分そこら辺にいるんじゃないかな?』
少年は少し薄気味悪い笑みを浮かべて言った。
「客人に対して礼儀がなってねぇな……だからガキは嫌いなんだ」
高原さんは少し苛ついた表情を見せて、少年の横を通り過ぎる。
俺も高原さんの後を追いかけ、少年の横を通り過ぎる。
しかし、通り過ぎた瞬間、声が聞こえて振り返ると、少年の姿はそこには無かった。
「どうした?」
高原さんの声が聞こえ、慌てて高原さんに追いついたが、胸に残る不安は消えなかった。
少年は確かにこう言ったはずだ。
『次はこのお兄ちゃんにしよう』